金剛不壊 4





覚醒してから 出された食事を真面目に採り、八百鼡の薬も飲んだせいか

の病状は その日の夕方には 落ち着いていた。

その夜 が眠る部屋に 来訪者があった。

八百鼡の主である 紅孩児その人だった。

八百鼡は 紅孩児の顔を見ると 何かを察したように 部屋を出て行った。





殿だったかな 身体の具合は どうだ?」

「はい おかげさまにて 熱も引きました。

食事から薬まで 八百鼡殿にはご厄介になり ありがとうございました。

紅孩児殿のご配慮とお見受けします。ご迷惑をお掛けしました。」

「ん・・・あぁ、大事無いのならそれでいい。

配下の者が 貴女が無抵抗だったために 攫って来てしまったらしい。

負傷はしていなかったが、病に倒れていたんだな。

俺達は 三蔵の経文と西への旅の阻止が目的で、命が欲しいわけでは無いのだが

それをさせない奴らとは どうしても 命のやり取りになってしまう。」

「はい それは致し方ない事と思っております。

それに 降りかかる火の粉を払うためとはいえ 

私も 紅孩児殿の部下をこの手に掛けているのですから、

お互い様ということでしょうね。

それで 紅孩児殿、私をどうなさるおつもりですか?」

「三蔵たちは 今頃 殿の事を 案じている事だろう。

こちらの調べでは 殿は三蔵の恋人という事らしいが、

悟空や八戒・悟浄にも随分と慕われ大事にされているらしいと 報告が着ている。」

そこまで言って 紅孩児は黙った。





は 紅孩児が次に何を言うのかと 待っていた。

の事を そこまで調べているのなら 自分たちの望みのために 

利用しようという考えが浮かんで当然のことである。

三蔵たちに 何を要求しようというのだろう?

「実は 以前に李厘が 三蔵一行に捕われたが 

そのまま無事に帰してもらったことがある。

それ以後 李厘は何度か助けてもらったりしているようだし、

殿にもご迷惑を掛けているようだ。

貴女を盾に何かと交換とかは 考えていない。

明日一日 ここで休んだら 明後日には三蔵一行の元に帰そうと思っている。

心配しないで 身体を休ませて欲しい。」

それだけ言うと 紅孩児は踵を返して 立ち去ろうとした。

「紅孩児殿 ありがとう存じます。」は ベッドの上に座った状態で 頭を下げた。

「あぁ 気にしないでくれ・・・」振り返って見ることもせず ドアを開けて 出て行った。




紅孩児と入れ替わりに 八百鼡が入ってきた。

「八百鼡さん貴女が言われたように紅孩児殿は 私をこのまま帰してくださるようです。

貴女の見解の方が 正しかったですね。

私には その方がありがたいのですが、

正直 お話を聞くまでは 生きた心地がしませんでした。

明日もう一日 ご厄介になってから 帰して下さるそうなので、

ご迷惑でしょうが お願い致します。」

はそう言って 八百鼡に笑顔を向けた。

様 本当に ようございましたね。

今夜は ゆっくりとお眠りになって 三蔵一行の元へは お元気になって帰って下さい。

でも 私には 様がうらやましいです。

三蔵様と相愛でいらっしゃるのでしょう、他の皆さんにも慕われておられるようですし、

報告では 様を随分捜されたようですよ。」

その言葉に は三蔵たちの顔が浮かんだ。

妖怪の襲撃の途中でいなくなれば あの4人のことだ 

ただならぬ心配をしているに違いない。





「八百鼡さんだって 愛されておいでですよ。

以前に食堂で罠を仕掛けておられたときにも 紅孩児殿ご自身で貴女を 

迎えにいらしていたじゃないですか。

でも まだ 相愛とまではいっていないようですものね。

お互いに想いあっていても 通じていないのなら、お辛いでしょう。

心中お察しいたします。」

様 ありがとうございます。」八百鼡の瞳に 涙が光った。

「八百鼡さん お世話になった御礼に 1つ勇気の出る言葉を 貴女に贈ります。

『心に素直に生きる事は 正しい生き方』いいですね。

どんな状況で その時が来るのかは分かりませんが、

今がその時だと思ったら 明日のことや他人のことを 気にするのは止めなさい。

例え危険でも 辛くても 一夜のことでも 差し出されたその手を 拒んではダメです。

私も八百鼡さんも 明日は命が無いかもしれないでしょう。

だから 余計にためらってはいけませんよ。幸せになりなさい。

紅孩児殿は きっと貴女を 包んで抱きしめてくれるはずです。

部下の貴女からは 告白したり情けを乞う事は出来ないでしょうが、もし 紅孩児殿が

手を差し出すことがあったら、その時は迷わずに その手を掴むのですよ。

男と女になるのに 主従だとか 地位だとかは 関係無いのですからね。」

様 ありがとうございます。『心に素直に生きる事は 正しい生き方』ですね。

貴女様に 知っていただいただけでも 心が軽く明るくなりました。」




「八百鼡さんも 私も お互いに難儀な殿方に恋してしまいました。

でも すぐに相愛になる方とは違い、

大変な分 それなりの覚悟というか決意が必要になります。

こうして 時に離され 試される 私たちの心。

それでも 自分を信じ三蔵や紅孩児殿を慕っているからこそ 

貴女も私も 相手を想う気持ちは、誰にも負けない 

何よりも硬いものになっていると思います。

そう この世で一番硬いという金剛石よりも・・・・・・・。

私たちは 敵同士ですが、苦しい恋をしているという同士でもありますね。

誰が応援してくれなくても 八百鼡さんの恋を 私が応援しています。

だから その想いを 大切になさってくださいね。」

様 ありがとうございます。 

誰にも言えず 秘めてきましたが、うれしいです。

さあ お元気になって帰られるためにも お休みください。」

枕許の薬をに飲ませると 八百鼡は静かに部屋を辞した。





部屋から出た 八百鼡が 廊下を歩いていると、

紅孩児が 待っていたかのように 側に来た。

殿は 明日一日休めば 三蔵一行の所へ帰しても大丈夫か?」

「はい 熱は下がっていますので、お疲れさえ取れれば 問題ないと思います。」

「そうか ならいい。

八百鼡 俺の我儘で 迷惑を掛けたな。」

「いいえ 紅孩児様のおっしゃる事は 私には迷惑になんかなりません。」

八百鼡はそう言って 頭を下げて 紅孩児を見送った。




八百鼡に言った言葉は 自分にも当てはまることだと は実感していた。

こうして敵の手に落ちるのは 2回目である。

今回は 紅孩児の手元に直接連れて来られたのだから、運が良かったと言うしかないが

もしも 配下の物の手中にいたら すでに命は無かったのかもしれない。

は ため息を落とした。

この旅から 何度降りようと思っただろう、

そう思うたびに 自分が死ぬのではなく これが三蔵だったら

着いて行かなかった事を 自分が後悔する事はわかっている。

金蝉たちの時のように、看取ることも出来ずに永遠に別れなければならない。

また あの思いをするのは嫌だ。

自分が死んでも 三蔵が死んでも その時まで側にいる。

出来れば お互いに助け合って 生きる道を選びたい。

そのためにこそ 側にいる必要があるのだと は思いなおすのだった。

明後日には 三蔵の腕の中で眠れる事を 祈りながら は暗闇に意識を手放した。







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